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旧呑川

■所在地 :大田区東蒲田2−38−1から大森南4丁目
■交  通 :京浜急行本線 京急蒲田駅下車 徒歩7分
        



        ↑大森中三丁目付近



  ↑旧呑川河口付近 呑川水門内の船だまり

    旧呑川

     旧呑川の由来
 この緑地は、近年まで呑川が流れていましたが、昭和三十年代半ばから区が埋め立てを行い、その後昭和五十年には現在のような緑地になりました。
 呑川の水源は、世田谷区内の旧深沢村の南部一帯といわれ、本区をほぼ縦貫して東京湾にそそいでおります。名前の起こりは、大雨のたびに氾濫し流域の田畑を呑みこんでしまったからとも、または貴重な飲み水であったからともいわれていますが定かではありません。
 呑川は、はじめ灌漑用水や飲料水として利用されましたが、その後は有名な「大森海苔」の生育に必要な栄養分を運ぶ河水となったり、特に下流は海苔船の交通路としても大切な役割を果たしました。そして在来の呑川が夫婦橋下流付近から北東に蛇行しているのとは別に、昭和十年、羽田の田畑を一直線に東進して藤兵衛堀に至る新河川(新呑川)を設け、従来の呑川とともに活用されました。
 しかし付近に住宅や工場がふえ、水や海がよごれ、更に肝心な海苔場が東京オリンピックを契機に埋め立てられるにおよび、大森の伝統産業も昭和三十七年に終わりを告げました。
                昭和五十九年三月     大田区

                  ※出典〔大田区設置の標識板より〕



 ←東蒲田二丁目、現在の東蒲中学校の横から、北東方向に校庭を横切り分流していた。

  
       ↑大森南四丁目付近の呑川緑地
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