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室生犀星の旧居跡

■所在地 :大田区南馬込1−49−10 
■交  通 :京浜東北線 大森駅西口より東急バスで20分 4番乗場(萬福寺経由・荏原町行き)万福寺前下車、徒歩5分



     ↑旧居跡に立つ室生犀星の解説版

    室生犀星の旧居跡

  室生犀星(1889〜1962) 詩人・小説家 俳号 魚眠洞
 加賀藩にて足軽組頭を勤めた小畠弥左衛門吉種を父として、明治二十二年(1889)金沢市に生まれ、七歳の時に真言宗寺院雨宝院の住職、室生真乗の養子となり、室生姓を名乗ることになる。
 昭和三年(1928)に金沢から上京して馬込町谷中に住み、創作活動に没頭した。しかしその地が湿地帯であったため家族の健康を考え、同七年(1932)に馬込町久保七六三番地に新築転居した。以来同37年3月26日、七十二歳で没するまで、この地に住み数多くの著作を残した。
 代表作として「愛の詩集」「抒情小曲集」「あにいもうと」「杏っこ」などがある。昭和十年(1935)文芸懇話会賞、同三十四年(1959)「かげろふ日記遺文」で野間文芸賞を受賞している。
 現在、旧居跡には、マンションが建っている。
 旧居庭にあった離れの建物が馬込第三小学校に移築されています。馬込第三小学校の校歌は室生犀星の作詞です。
   
   ↑→旧居東側に接する万福寺境内にある室生犀星の句碑。
      この句碑の石は室生犀星の旧宅庭にあったものを譲り受けて制作したものだそうです。

 

←馬込第三小学校に移築されている室生犀星の離れ(茶室)

 この離れ(茶室)は、昭和八年に母屋の東隅に建てられたものです。親交のあった竹村俊朗の他、親しい多くの友人や金沢の客を泊めたりしました。
 この離れ(茶室)は、昭和四十六年に世田谷区奥沢に移築され、平成十三年に地元の協力を得てここに再移築されたものです。

          ※出典〔大田区教育委員会設置の解説板より〕
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