×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。


川端龍子の旧居・アトリエと龍子記念館

■所在地 :大田区南馬込4−49−10       記念館:大田区中央4−2−1(旧居前)
■交  通 :都営地下鉄浅草線 西馬込駅下車 南口より徒歩、桜並木を経て20分
        京浜東北線 大森駅西口より東急バスで20分 4番乗場(荏原町駅入口行き)臼田坂下下車、徒歩2分



             ↑↓邸宅

             ↓アトリエ

         ↓庭園 アトリエ前



 アトリエや邸宅は部屋の中から外の自然が見えるように、戸は大きな透明なガラスを使用し、また、建物のいろいろな所に竹材がふんだんに使用され、自然を愛した画伯が偲ばれる。
 竜子唯一の趣味としての建築は、持ち前の器用さと熱心さを反映して素人の域を脱するもので、龍子記念館・屋敷の建築は全て龍子の意匠によるものです。


    川端龍子の旧居・アトリエと龍子記念館

 川端龍子(1885〜1966) 日本画家 和歌山県生

   川端龍子画伯 画室と御形荘庭園
 近代日本画の巨匠、川端龍子画伯は、大正九年、新井宿子母沢(現在地)に居宅と画室を新築して、新井宿善慶寺前の旧宅からここに移り住みました。当時この辺リは人家もまばらで、あちこちに蓮田が点在するのどかな田園がつづき、春には路傍に可憐な母子草(おぎょう)の花が乱れ咲くところから、邸宅は「御形荘」(おぎょうそう)と命名されました。
 大正三年、洋画から日本画に転じた画伯は、日本美術院に出品を重ね、一躍画壇の寵児として注目を集めるとともに、画塾「御形社」を開いて、多くの門弟の指導と育成にあたりました。
 昭和四年に、会場芸術を標榜して「青龍社」を創立すると、理想とする大作を制作するにはこれまでの画室が手狭となったので、青龍社運営の本拠とするために、昭和十三年、新たな構想と意匠によって新築されたのがこの画室(約四十四坪)で、この画室から「源義経」「金閣炎上」「筏流し」などの名作が次々と生まれました。
 終戦間近の、昭和二十八年八月十三日、B29の爆撃により邸内の母屋や古い画室は失われましたが、この画室だけは奇跡的に難を免れて、今日も画伯の在りし日の偲ぶ姿をとどめております。
 画室前庭園は、武蔵野の面影を宿す欅(けやき)、辛夷(こぶし)、朴(ほお)などの樹々をそのまま残して、枯山水の石組と地下湧水の流れを配するなど、自然をこよなく愛した画伯の芸術観を偲ばせる作庭となっております。
 なお、前庭の石造十三重の塔は、京都の橋本関雪邸内の白砂荘からここに移されたもので、鎌倉時代の造立になる様式を伝えるこの古塔は、御形荘庭園の眺めに荘重な趣を添えております。
                       大田区
                       大田区立龍子記念館

                ※出典〔龍子公園内の解説板より〕

 この旧居とアトリエ・庭園は公園として整備され平成16年7月に大田区立龍子公園として公開されるようになりました。
 ※注(公開時間は11.00、13.00、14.00の3回、記念館の職員が案内してくれます。それ以外は入園できません。)無料
    
      ↑アトリエに展示されている愛用の画材各種
    
           ↑前庭の石造十三重の塔


    ↑大田区立龍子記念館
    龍子記念館

    
 昭和37年(1962)喜寿を迎え、それを記念して旧居前に作品を展示・保存するため、自らの設計で「龍子記念館」の建設を着手し、翌38年に開館しました。この記念館は、上から見ると「竜の落子」の形をした建物で、東洋と西洋の建築様式を総合した独創的な幾何学的建築です。
 画伯の没後は、社団法人青龍社が運営していたが、平成2年(1990)、同法人の解散とともに土地建物と龍子の所蔵品は、大田区に寄贈され、平成3年(1991)11月から大田区立龍子記念館としてオープンし、区民に親しまれています。
開館時間:9:00〜16:30(入館は16:00まで)
  休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌日)
  入館料:【特別展】大人(16歳以上)500円 小人(6歳以上)250円 (団体20名以上:大人400円/小人200円)
             65歳以上、6歳未満は無料
       【常設展】大人(16歳以上)200円 小人(6歳以上)100円 (団体20名以上:大人160円/小人80円)
             65歳以上、6歳未満は無料

一覧へ 戻る 次へ