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六郷用水

■所在地 :大田区
■交  通 :



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        ↑田園調布本町34付近

    六郷用水

 六郷用水は、慶長年間(1596〜1614)に徳川家康の命をうけた小泉次太夫(のち川崎代官となる)によって、六郷領農民の灌漑を目的として開さくされた用水である。
 多摩川の水を多摩群和泉村(現在の狛江市和泉)から取り入れ、世田谷を経て、沼部領を通り矢口の南北引分で北堀、(池上・新井宿方面)と南堀(蒲田・六郷方面)とに分流した。
 北堀は、さらに池上の通称ハッスン(八寸)でも、新井宿方面と女塚方面とに分水した。開さく以来、堀さらい、補修等の維持管理が村民の手で常づね行われてきたが、約100年後には荒廃も甚しくなり、享保十年(1725)から代官田中兵隅によって大改修された。
 以後、近代まで農民の命の綱として利用された。時代とともに用水流域の様子も水田から畑に、また農地から宅地に変わり、昭和の初めごろには用水としての使命を終え、現在では、仙川以西の世田谷区岡本から大田区田園調布あたりまでの丸子川と改称された流れと、東急多摩川線多摩川駅から中原街道下のトンネルをくぐり、沼部へと向かう道路沿いに、湧き水を利用して復元させた流れなどが当時を偲ばせているが、その他は、ほとんどが埋めたてられて緑道などになっている。
 当時を偲ぶものとして、大田区が六郷用水物語と称して用水路跡の各所に記念碑や説明板を建て、遊歩道等に整備して当時を偲ばせている。
 

       ↑田園調布本町34付近
    
        ↑池上1丁目30付近の分水路跡

       ↑田園調布本町33付近
    
                 ↑西嶺町付近
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