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旧中原街道

■所在地 :大田区田園調布本町42 桜坂付近
■交  通 :東急多摩川線 沼部駅より徒歩5分



        ↑2008/3/29撮影 坂下から
 〈大田区指定 史跡〉  昭和49年2月2日指定
    旧中原街道

 中原街道は、江戸から相州の平塚中原に通じる道で、中原往還、相州街道とも呼ばれた。また中原産の食酢を江戸に運ぶ運送路として利用されたため、御酢街道とも呼ばれた。
 すでに近世以前に存在し、徳川家康が江戸に入国した際に利用され、その後、部分改修されて造成された道である。
 江戸初期には、参勤交代の道としても利用されたが、公用交通のための東海道が整備されると、脇往還として江戸への物資の流通や将軍の鷹狩などにもしばし利用された。また平塚からは東海道よりも短距離であったため、急ぎの旅人たちに近道として好まれたという。
 中原街道の旧道の様子を残しているのは、区内ではこの付近だけである。

           ※出典〔大田区教育委員会設置の標識板より〕
           

 桜の季節には、桜のトンネルがみごとな景観を創ります。
 平成十二年(2000)に、福山雅治の唄った「桜坂」の大ヒットによって全国的に知られ、この時期には多くの人が訪れます。
 現在の桜坂は、当時は「沼部の大坂」と呼ばれるほど急勾配な坂で、中原街道の難所の一つでした。
 大正十二年(1923)の改修工事で道路拡張し、急坂も切通しにして穏やかな坂にした。その後昭和五年(1930)に坂の両脇に五十本の桜の木が植えられ、坂名も「桜坂」と命名された。

    
           ↑2008/3/29撮影 坂上から

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