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勝海舟夫妻墓所

■所在地 :大田区南千束2−3−7
■交  通 :東急池上線 洗足池駅より徒歩7分



      向って右が海舟、左が妻たみの墓
 〈大田区指定 史跡〉  昭和49年2月2日指定
    勝海舟夫妻墓所

  勝海舟、諱は義邦、初め麟太郎、後に安房または、安芳と改め、海舟と号した。文政六年(1823)江戸に生れる。幕臣として万延元年(1860)咸臨丸で渡米、海軍奉行となり明治元年(1868)江戸開城に尽力する。
 維新後は海軍卿、伯爵、枢密顧問官などを歴任し、漢詩、書を好み、高橋泥舟・山岡鉄舟とともに幕末三舟と称せられた。
 洗足池やその周辺の風光を愛し、明治三十二年(1899)没後遺言によりこの地に葬られた。
   別荘洗足軒(現在は大森六中)で次の歌をよまれた
       千束村の別墅に
          楓樹数株を植ゑて
      うゑをかば よしや人こそ 訪はずとも
        秋はにしきを 織りいだすらむ
      染めいづる 此の山かげの 紅葉は
        残す心の にしきとも見よ
                    (飛川歌集より)

           ※出典〔大田区教育委員会設置の標識板より〕
          
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