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旧大森村沢田の地名由来碑

■所在地 :大田区大森西2−3 沢田東児童公園
■交  通 :京浜急行本線 平和島駅下車、徒歩8分





    旧大森村沢田の地名由来碑

  大森村沢田について
 旧大森村の北西部に位置するこの地域は沢田と呼ばれていた。がんらい地名は、自然発生的に名付けられたものが多く、その由来はほとんどが不明で、意味も推定の域を出ない。この沢田も低湿な水田であったからであろうか。
 沢田の地名が記された最も古いものとして、元禄十年(1697)の大森村検地帳がある。また新編武蔵風土記稿に「沢田 谷戸宿の西南にあたる」と記載されている。
 大森村沢田は、古くから浅草海苔の産地であった。これはアマノリという海藻の一種で潮の干満と養分を運ぶ川があって、海水と淡水が適当にまざりあう所に生育する。大森の海岸は、この条件が揃い、しかも江戸に近く、東海道に沿っていて販売にも便利であったので、江戸時代中期頃から盛んに養殖されるようになり、その品質・産額は一頭地をぬき、本場浅草海苔の伝統を誇った。
 しかし残念ながらこの名産も埋立地造成のため、昭和三十七年十二月に漁業放棄が決まり、その姿を消した。
                      四町会地名保存委員会 

                              ※出典〔碑文より〕
 すぐ近くの環状七号線沿いに澤田橋という親柱が立っていた。かつての六郷用水路が流れていたのだろうか?
 昭和十二年(1937)7月施工

   
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