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大森貝塚(墟)

■所在地 :大田区山王1−3
■交  通 :JR京浜東北線 大森駅山王口より徒歩3分


 【史跡名勝記念物】 史跡    昭和30年指定
    大森貝塚(墟)

 明治十年(1887)、アメリカの動物学者エドワード・モースが、横浜から新橋へ向かう途中に車窓から発見し、その後発掘調査が行われた。日本考古学研究の端緒を開いたこの発掘の意義は大きい。
 この碑は、その功績を後世に伝えるために、昭和五年(1930)四月十三日に建立された。また当時の貝塚の名称である「貝虚」と記されていることも注目される。
 また、同じ線路沿いの少し離れた品川区側にも、もう一基の記念碑が建てられている。こちらの碑は、昭和4年(1929)に建立された。

 モースの発掘調査報告書に住所や地図の記載がなく、発掘場所があいまいだったため二ヵ所の碑が建ち五十年間混乱を招いた。しかし、モースたちの発掘から百年目の昭和五十二年(1977)、東京都公文書館で、大森貝塚発掘時の「発掘補償金」に関する文書が発見され、そこに記された発掘地の住所「大井鹿島谷二千九百六十番地」は、現在の大森貝塚遺跡庭園(品川区側)の位置であったことが判明し、大田区側は発掘に向かう途中で発見した小貝塚ということが判明した。
 しかし、これらを中心とする両地域とも昭和三十年(1955)に国指定史跡になり、ここで発見された出土品は昭和五十年(975)に、国の重要文化財に指定された。
 
 ←品川区大井六丁目の記念碑。
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